クロッカス










お腹が、切ない音を立てた。
お腹が、酷く空いていたのだ。



「……」


いつもの事だった。そう、いつもと変わらないことだ。
勿論、手持ちの食糧などとうに手元にはない。持ちきれる程の食糧は、一度の食事で悉く姿を消す。胃袋の中に。
だから、手元に食料を渡されても余り意味を成さない。日持ちがするとか、そういう事が問題ではないのだ。量が、何よりの問題だったのだ。
満ち足りる程の食糧を目の前に見たことは、未だに一度も無いと言って良かった。つまりそれ程の膨大な食糧が、彼女には必要なわけである。

「お腹が…空いた……」

それはとうに昔からの口癖になっていた。何か口から言葉が漏れたと思えば、ほぼ確実に第一声がそれである。
お腹が空いた。だから、空っぽになった胃袋を満たす食べ物が欲しい。誰もがごく普通に思う事である。だが、彼女の望む食糧は計り知れない量である。
日々お腹を満たしていたら、恐らく今同行している軍隊の食糧は数日で空っぽになるだろう。これでも自分なりには量を抑え、我慢してきたつもりだった。
だが、その所為で尚更思考回路は食べ物に寄っていくばかりである。



「…イレース?」
「あ……」
「もしかして、お腹…空いてるのかい?」
「はい…」
この人は、いつもそうだった。

私が底知れぬ量の食べ物を食べると知っていても、お腹が空いているのかと尋ねてくれる。
それでいて、その料理の腕の上手さを存分に振るってご馳走を作ってくれるのだった。
大抵の人はそんなに食べるなら、料理などせずにそのままで食べればいいと言い、実際にそうしてきた時も少なくなかった。
それなのに、この人はいつも微笑みながらおいしい料理をたくさん作ってくれるのだ。

「イレースは本当によく食べるよね。…僕らも裕福じゃないから、そんな量は作ってあげられないけれど」
「いいです…オスカーさんに、作ってもらえるだけで…私、嬉しいです、から…」
「そう言って貰えると、やっぱり嬉しいな」
オスカーは、いつもイレースがおいしそうに料理を平らげるのを嬉しそうに眺めていた。

「…貴方は、食べないんですか…?」
「え?」
イレースが食事の途中で話すのも、今までではなかったことだった。自分でも、少し驚いた。オスカーも、少し驚いた様だ。
普段なら、食べる事に夢中になって周りの事など気にもかけない筈なのに。
「いや、君があんまりおいしそうに料理を平らげてくれるから。…見てると嬉しくてね」
「……そう、ですか」
本当に嬉しそうな彼の表情は、少しイレースを照れさせるものだった。
イレースはすぐに目の前の料理に目を映す。料理はやはりいつもの様においしかった。







「今日は…、ありがとうございました」
「いいよ、いつでもお腹が空いたらおいで」
「…はい、ありがとうございます…」
イレースは、ふと思った。

(この人は、もしかしたら私を待っていてくれるのかもしれない)

そして、お腹が空くという事は、彼に会う口実にもなり得る事だった。その事を、彼が知っているのかは分からない。
だが、オスカーもまた、

(…いつだって、待っているから。)



そう、いつだって。










End


この二人だと蒼炎の支援を思い出しますが時間的には暁のつもりで。
まあ拠点の会話でもあったので。
食べ物ネタはFEにもいろいろありますが、この二人の話が特に好きですね^^ 2013,3,31



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